京都民医連第二中央病院広報誌 2009年11月発行 vol. 13

考え方のくせを点検してストレスを減らしてみましょう

認知療法のおはなし

神経科医師 近藤 悟

神経科医師 近藤 悟

 精神科の治療は大きく分けると、薬物療法、精神療法、環境調整、リハビリテーションといったものがあります。

 今回は精神療法の中でも、最近取り上げられることが多く、うつ病の治療などで利用されている「認知療法」についてご説明してみようと思います。これはストレスを減らすためにも有効な方法で、精神科に受診しなくてもご自分である程度出来ますので、日常的なストレス対処法の一つとしてお試し頂けると思います。認知療法の説明に入る前に簡単な例を挙げてみたいと思います。

 ある日あなたは職場の同僚に仕事を頼むために声をかけました。しかし同僚はパソコンに向かったままで返事がありません。あなたはこんな時どんな気持ちになりますか。

  • むっとして腹が立つ、
  • 落ち込む
  • 何となく不安になる
  • 気持ちははあまり変わらない。

 さあどうでしょうか。この様に一つの状況でも様々な感情がわいてきておかしくないことが分かります。

 ではそれぞれの感情が生じたときどんな考えが浮かんでいたのでしょうか。

  • 「わざと無視をして私を馬鹿にしているんだ」
  • 「私がちゃんとした仕事をしないから相手にしてもらえないんだ」
  • 「何か嫌われるようなことをしたのかな」
  • 「自分の仕事に集中していて聞こえていないんだろう」

といったことが考えられます。

 ここで注目して頂きたいのは、一つの状況に対して人によって、また時と場合によって生じてくる感情が違うこと、そしてその感情が生じる背景に「物事のとらえ方」(思考)があるという見方です。「声をかけたのに返事がない」という一つの出来事でも、先に示したように少なくとも四つのとらえ方=「認知」があり、そこから四つの感情が生じているのが分かると思います。「認知療法」でいう「認知」とは、「物事や状況をどのように捉えるか」「どのように考えるかということを指します。そして認知療法では、この「認知」=「物事のとらえ方」は人によって異なるパターンがあって、落ち込みや不安などの感情や行動に影響を与えていると考え、これを修正することを目指します。人それぞれが持っている認知のパターンは一種の癖のようなもので、自分が知らない間に身につけて、普段の生活の中で知らない間に作用しています。この認知の癖を修正することを通じてストレスを減らしたり、過度の落ち込みや不安を減らすことが出来ると言われています。

 「出来事」に伴って瞬間的に生じる思考を「自動思考」と言います。先ほどの例では「声をかけたのに返事がない」という「出来事」に対して、「わざと無視をして馬鹿にしているんだ」と瞬間的に浮かんだ思考のことを指します。通常自動思考は意識されませんので、「むっとして腹が立つ」という感情だけがわいてくるという体験になります。でも実際は感情の前に自動思考が生じていると考えられるのです。

 人によってどのような自動思考が生じやすいのかは異なります。それは自分の中に根付いてしまった信念があるからだと考えられています。

 例えば「自分はだめな人間だ」という信念が根付いている人は「何をやってもうまくいかない」といった自動思考が生じやすいのです。この信念から生じてくる自動思考のパターンが認知の癖であり、これを意識的に修正することで、認知から生じるマイナスの感情やそれに伴った行動や体の反応を軽くしていくということになります。

 ここまでのことをまとめると以下のようになります。「人はある出来事、状況に遭遇すると知らない間に思考が浮かんで意味づけをしている。それは人によってパターンがあるが、その認知の癖によっては過度に落ち込んだり不安になったりと、ストレスを大きく感じる原因になる。また体の反応や行動にも影響が出てくることがある」。

ではこの「認知の癖」をどうしたら修正出来るのでしょうか。

思考でなく行動や感情に注目! 

 自分の思考のくせに気づき、どんな傾向があるか知る必要がありますが、これは結構難しいことです。というのも癖は知らない間にしていることだからです。そこで思考ではなくまず自分によく見られる行動・感情に注意を向けましょう。「私はよく怒鳴っているなあ」「自分が悪いと思って謝ってばかりだ」など、振り返ると自分の行動や態度に癖があるものです。

強い感情が生じた時に思考を点検 

 不安になった時や落ち込んだ時など強い感情が生じたとき、それがどのような出来事あるいは状況で起きて、その時どんなことを考えたか振り返ってみることです。ノートに「出来事」「気分」「思考」と分けて書き出すのも一つの方法です。

よくある認知の癖を知っておく 

 認知療法ではストレスに関連する、多くの人に見られやすい思考パターンが指摘されていますので以下にそれの一部をあげておきます。私も落ち込んだときに、以下の思考にはまりすぎていないか点検しています。

  • 0か100かの思考
    少しの間違いから「もう全然だめだ」
  • すべき思考
    「患者は医者の言うことを聞かなければならない」→いらいら
  • 結論の飛躍
    ちょっとした失敗から「もうクビになる」
  • 過度に自分に関連づける
    「病状がなかなかよくならない。自分がだめなせいだ」

別の考え、見方がないか考えてみる 

 認知の癖が分かってきたら次はどうしたらよいでしょうか。それは、自動思考以外の考え方、ものの見方がないか考えてみることです。一つの見方や考え方だけでないと分かるとずいぶん気持ちも変化するものです。たとえば挨拶をして返事がなかったときに「馬鹿にしている→腹が立つ」という反応が、「ただ聞こえなかっただけかもしれない→もう一回声をかけてみよう」と変化する可能性が出てきます。大切なことは自動思考をすぐにえられなくてもよく、「癖が出ているな」と自覚することと、「他の考え方もある」と柔軟な思考をすることです。一つの考え方だけで状況を断定するのではなく、こんな見方もあるなと思い直せることが重要です。別の考え方をひねり出そうと思ってもかなか出ないものですし、出たとしても最初はしっくりこないかもしれません。それでもいいのです。認知療法はいつでも明るく状況を捉えられることを目標にしているのではなく、明るい面もあれば暗い面もある、様々な見方があるのだと自覚できることが重要です。

 このように認知のあり方を点検することで、一つの見方に囚われることで生じるマイナスの感情を軽くすることが出来ますし、自分をほどほどに評価できて今やれることをしようというような余裕も出ます。皆さんもお試し下さい。

 また興味のある方は、当院神経科の伊藤明先生が執筆された『中年期のこころ模様』でも認知療法についてふれられていますので是非参考になさってください。
『中年期のこころ模様』は
http://homepage2.nifty.com/parad/
でご覧いただけます。

参考図書『ストレスマネジメント入門』 (日経文庫/島悟・佐藤恵美)