京都民医連第二中央病院広報誌 2012年10月発行 vol. 18
お笑い番組に効果?
医者の不養生ということでしょうか、数年前から体調が不安定だなあと感じていました。動悸、不眠、のぼせて汗が出る、イライラなど症状は自律神経関連の様にも思えるし職員検診でも異常なし。一応病気らしい病気もなさそうだし、「やっぱり更年期なのかな」と思ってほっておきました。
ある日、あることに気がつきました。テレビで「とんねるずの 細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」というお笑い番組をみて、ゲラゲラ笑っていると「動悸がおさまって、調子が良くなっている」ことに気がつきました。サンドウィッチマンの漫才でも桂枝雀の落語DVDでも、確かに効果がある。特に、「代書」「高津の富」の効果が大変よいことを確認しました。これがきっかけです。
枝雀師匠の説とは?
その矢先、前述の枝雀師匠の落語「崇徳院」のまくらで「毎度申しますように、笑うということは決して悪いことではございませんので、どうぞお勧めするのでございます」と笑いの効用を説明しているくだりに出会いました。以下一部改変してご紹介します。
枝雀師匠の説をまとめると、
- 1.笑うと自然と深呼吸ができてからだによい。
- 2.笑いの種で頭を働かせて血行が良くなる。
- 3.笑い合うことで人と人との情が通じる。
- 4.自ら進んで好意的に笑うことが秘訣。
などとなりましょうか。さすが笑いを追求している落語家さんですね。私はこれを聞いたとき、「なるほどその通りだ」と感じたものでした。
笑いと健康 ―医学的根拠は?
一応私も医者ですので次に考えるのは「医学的にはどうなのかな」ということで、ぼちぼち調べ始めた訳ですね。それで最初に出会った本が、ノーマン・カズンズ著「笑いと治癒力」(岩波現代文庫)でした。彼は医学にも詳しい米国の著名なジャーナリストです。 突然、強い痛みを伴う膠原病の一つである強直性脊椎炎という難病にかかり、医師から回復の可能性は低いと言われましたが、彼はあきらめることなく、笑いがもつ治癒力に着目し、 喜劇映画やユーモア本などに積極的に接して笑い続けました。そして、笑いによって症状を緩和することに成功し、数个月後にはこの難病を克服したのです。 この経験は、医学雑誌にも掲載され、反響も大きかったということです。
笑いと健康というテーマは、実際医学や看護ケア上の大切なテーマになっており、 医学文献検索サイトMedlineで"笑い(laughter)"で検索すると1600件以上の文献がヒットします。 そして、指摘されている笑いの効用は、枝雀師匠の指摘と完全に一致しており、また、私自身の実感とも一致していることには驚きます。 また、「日本笑い学会」では様々な立場職種のかたが笑いの様々な側面を研究交流していることをネットで知りました。
「笑う門には福来る」という古くからの格言には医学的な根拠もあると私は思います。いろんな取り組みも始まっていたのですね。
笑顔が出る診療って?
実際の診療の中で感じることもたくさんあります。どんなときに患者さんは笑顔を見せてくれるでしょうか。私の診療の経験から考えてみました。
- 治療がうまくいって、症状がとれたとき「らくになりました」と笑顔が出ます。
- 病気のこと、生活や気持ちのしんどさに共感できたとき、「来てよかったです」と笑顔が見られます。
- ある患者さんは私の「吉本ギャグ」でニヤッとされました。
- ある患者さんは、市川雷蔵(往年の映画スターですね)の映画の話題で笑顔が出ました。
- ある患者さんにご自身の著書をいただき、それを「読みましたよ」というと、ニッコリされました。
診察室で笑顔が出るとき、そのときは、私たち医療者と患者さんの間に、信頼感や良好なコミュニケーションがあるときではないかと思います。これは治療がうまくいく大前提なんですね。 私たち医療従事者がもっと「笑いの医学的効果」「コミュニケーションにおける笑顔の役割」を知らないといけないと思います。「患者さんと安心して笑い合える診療」が私の宿題です。
そして、私自身は通勤の車の中で落語を聞き、時には女房に脇の下をくすぐってもらい、鏡の前で無理矢理笑ってみたりしながら、自分自身の健康に生かしているところです。もし変な笑顔をしている私を見つけたら、一緒に笑ってみませんか。
あの、なぜいいかというとね、はははっていうときは上を向きますから、大体人間上を向くのはいいのでございますよ。ははははって上向くと胸が広がるでしょ。あんまり下向いて笑う人ありません。 そこへ息はきます、大抵笑うときに、呼気ですよ。吸気じゃありません。吸うて笑う人ありません。それで、吐きますでしょう。吐いたり吸うたり、吐いたり吸うたり、ということはいわゆる深呼吸でございます。 これは体に良いのでございます。それが証拠にラジオ体操でも必ず最後には、この深呼吸がついております。体に悪いことがラジオ体操につく訳はございませんから、まあ、体に良い証拠でございますね。
お笑いというものは緊張の緩和でございますね。なんだろな、というような、おやっ、というような、その後に緩和が続行いたします。何だそんなことだったのか、なんていうことで緩和が続行すると、 ははははっなんて笑いが生じる訳でございますから、常に頭が、緊張、緩和、緊張、緩和、頭が働いておりますね。血行が良くなります。笑い合うことによって、人と人との情が通い合うというような、 もう世の中に笑うということほど結構なものはございません。ですから、わたしがここでおかしいことを言うとか言わないとかにかかわらず、皆さんのほうで、すすんで笑っていただきたいのでございます。これが秘訣でございます。なんだって好意的に笑うべきでございます。
枝雀落語大全第十二集 崇徳院/道具屋
引用・参考文献
① ノーマン・カズンズ:笑いと治癒力、岩波書店、2001
② ノーマン・カズンズ:続笑いと治癒力、岩波書店、2004
③ 高柳和江:笑いの医力、西村書店、2008
④ 船瀬俊介:笑いの免疫学、花伝社、2006
⑤ アレン・クライン:笑いの治癒力、創元社、1997
⑥ EMI Music Japan:枝雀落語大全第十二集 崇徳院/道具屋
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